お子さんが命をかけて教えてくれた事

1歳10ヶ月になったお子さんが、なぜか転ぶようになったのをおかしく思った富山さんご夫妻は、病院で見てもらうことにしました。そしてその結果、意外な診断が下されたのです。
  「運動機能をつかさどる小脳に腫瘍が出来ています。8割がガンに侵されていて手術は不可能。脳圧を下げる為に管を入れることしか手段はありません。」と言われました。
医師だったお父様のつてをたどり、あらゆる可能性を必死で探りましたがダメでした。残された道は抗ガン剤と放射線治療だけでした。
お母様に玄米菜食を勧められましたが、「最先端医学で治せない病気が玄米食で治せるものか?」と頭から否定していました。
  それでも勧められるままにお子さんにゴマ塩を与えてみると、容器をひったくり、小さな手をビンに突っ込んで、ゴマ塩をむさぼるように食べ始めたそうです。こんな状態でも体に必要なものを食べ、必死に生き抜こうとする姿がそこにあったのかもしれません。この姿を見た富山さんご夫婦は「玄米菜食に賭けてみよう!」と決意されたのです。
  この日から、圧力釜で30分ほど炊いた玄米を、一口1000回噛んで口移しで食べさせました。お子さんは、富山さんの首に手を回し、引きつけるようにして一生懸命に食べたそうです。
この時、すでに富山さんのお子さんは、首がそり返り後頭部が背中につきそうな状態でした。これはガンの末期に起こる現象の一つだそうです。しかし1000回噛んだ玄米を食べた翌日には、そり返って背中につきそうだった後頭部が、正常な位置に戻っていました。
  結局、お子さんは2歳10ヶ月で旅立っていかれました。ずっと「頭が痛い」と言っていたお子さんも最後には「もう痛くないよ。」と言ってくれたそうです。
  火葬場の方が「お子さんは頭の病気だったのですか? でも頭はとてもきれいです。肝臓と腎臓が悪かったみたいですね。」と言っていたそうです。
  この「悲しい経験」が富山さんご夫婦に「その後の人生で何をなすべきか。」を見極めさせた原点となるのです。

この思いを使命に生きていこうと夫婦で誓う

 お子さんの看病を通じて、富山さんご家族にもいくつかの変化が生まれていました。
お子さんを玄米菜食にする為に、家族全員が玄米菜食になっていました。まず富山さんのつらい生理痛が改善していました。ご主人のひどい足の臭いも消えていました。ご主人のお母様の長年の高血圧も正常値の範囲になりました。
  100%玄米菜食の生活を始め2-3年の間は、ただひたすら玄米を一口200-300回噛んだものだけを食べて過ごしました。
  5から6年の間は、世間から見たら尋常でない食生活で「あの夫婦は子供を死なせて頭がおかしくなった」という噂も流れたほどでした。
  富山さんご夫婦は、お子さんが命をかけて教えてくれた「人は食べ物の力でもっと健康になる事ができる」ということを世の中にひろめて行くことが使命なのだと確信していたのです。
  「人は食べ物の力でもっと健康になる事ができる」という事を伝えたい一心で「鹿児島健康の会」という組織を作り活動を開始しました。講演や料理指導を中心にした活動でした。

限界を感じた時に

この活動は多くの実績も出してきました。しかし、その一方で富山さんは「玄米菜食が100%完璧ではない」と感じ始めていました。
  100%玄米菜食だった頃の富山さんは、ゴマ塩をたっぷりと取っていました。それも通常は、塩2:ゴマ8の割合のところを、1:1にしていたのです。玄米はよく噛むと甘くなります。そこに塩分多めのゴマ塩がとても美味しく感じたのです。
  この時は、驚くほど元気で、どんなに働いても疲れませんでした。しかし、一見元気そうでも、手や足の裏が黄ばんでいました。そして体がガチガチに固まってしまいました。「何かがおかしい」と感じていました。
そんな時に出会ったのが千坂式でした。
  この手足の黄ばみや、ガチガチの原因も千坂式で解明できましたし、対応する事もできました。千坂式では、それまでの「陰と陽」に加え、「酸とアルカリ」という考え方を持っています。また「塩」の特性についても独自の経験則があります。血液や細胞を芯からきれいにすることの大切さをあらためて学ぶことができました。

 

「人は食べ物でもっと健康になる事が
       できる」そう実感する日々

 それ以降も富山さんご夫婦は、多くの人に「食べ物の力でもっと健康になる事ができる」ことを伝えてきました。そして自らの経験も含め、驚くべき体験に遭遇する事になるのです。
  ある20代の女性は、長年の偏った食生活が原因で体調がよくありませんでした。この改善を目的に、富山さんの指示通りの食生活を実践することにしました。本当に一生懸命にやられたそうです。この姿を見ていた富山さんは「次は男の子が生まれるよ。」と言っていたのですが、体調も改善された女性は、見事元気な男の子を出産することが出来ました。
  「千坂式をやっている女性は安産が多い。」と富山さんは言います。陣痛が起こってから家の用事を全部済ませ、自分で運転して病院にいき出産。退院時は妊娠前のスリムなジーンズをはいて愛する我が子を抱き、颯爽と笑顔でご帰宅。という武勇伝はたくさんあります。長年の食生活が「強い体」と「元気な子供」を作る良い例だと言えます。
  30代の女性は、「肌全体に弾けるような若さ」がなく、手の爪が汚く、指先と爪との間に隙間のある状態でした。テレビのシャワーシーンで、肌の表面に水滴がコロコロと弾けるのを見て「私の肌は、どうして水滴状にならないのだろう。」と思っていたそうです。
  千坂式の食生活を始めしばらくたつと、爪がきれいになり、肌の上で水滴がコロコロと弾けるようになったそうです。その頃になると、年齢を重ねるたびに「若くなったね。」と周りから言われるようになったそうです。やはり「肌の上で水滴がコロコロ」や、周りからの「若くなったね。」の言葉は女性にとっては大変うれしいものです。
  40代のあるOLさんは、頭に霧がかかったスッキリしない状態が続いていました。働いているので外食が中心の生活です。食生活を変えるのはそう簡単な話ではありません。それでも、少しずつ食生活を変えてみると、だんだん頭のなかの霧が晴れ、スッキリした日が増えていったそうです。「頭がスッキリするというのは、こんなにも爽快な気分なんだ。」と実感したそうです。少しずつでもコツコツと続ければ、体もそれに応えてくれます。

絶対にあきらめないで下さい

 人間の体は「食べ物」で出来ています。「食べ物」を変えると、「体」も変わってきます。
  もっと元気になろうとすれば、まずそれまでの「食生活」を変えることになります。状況が厳しい人ほど、好きなものが食べられなくなることも少なくありません。
  体は一生懸命に元気になろうとしていますので、食生活を改善するとだんだん体調も改善されてきます。「だいぶ調子がよくなってきたから」と言って、また以前の食生活に戻り調子が悪くなるという例も少なからずあると富山さんは言います。
  「食事で体を作り替えていく」のですから、ゆっくりゆっくりと改善していくことになります。そして、続けると体の芯から元気で爽快になる感覚を味わうことが出来ます。
  「きれいになったね。」「若くなったね。」「元気になったね。」と周りから言われる日は必ず来ます。「その日を信じて、あきらめないで頂きたい。」と富山さんご夫婦は心の底から願っています。